すっかり日が暮れた京の町屋。

人も疎らな中、矢央と以蔵は急ぎ足で帰路につく。


「あの、以蔵さん……」

「…………」

「あのね、以蔵さん……」

「…………」

「以蔵さん?」

「…………」

「……人斬り以蔵さー…ングッ!!」


叫んだ途端、口を塞がれてしまった矢央。


その相手は、もちろん"人斬り以蔵"こと岡田以蔵である。


以蔵は慌てて矢央の口を塞ぐと、辺りをキョロキョロと見回し素早く路地へと体を潜り込ませた。


「………ブハッ!」

「おまんは、阿呆かっ!! でかい声で、わしの名を呼ぶなっ」

「じゃあ、以蔵さん」

「…………」

「小さかったら、返事してくんないじゃんかーっ!」

「だぁぁぁっから、でかい声を出すなと言っちょろうがっ!」


少し矛盾している以蔵の行動に、矢央はプクッと頬を膨らませた。

そして、キッと以蔵を睨み上げる。


そんな矢央に、はあと盛大な溜め息を吐き出した以蔵は、「なんぜよ?」と、人がいないかを確かめながら尋ねる。


「ごめんなさい。 突き落としたりして」

「……別に怒っちょらん。 あん場合は、ああするしか逃げる方法がなかったきに」


新選組に出会した時、もう駄目だと以蔵は思っていた。

矢央を見捨てれば、一人なら逃げられるかもしれない。

しかしそれは、出来なかった。

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