更に落ち込みかけた矢央の頭に温もりが当てられた。
なんだ(?)視線を上げれば、無表情に近い微妙な笑みを浮かべた斉藤が、直ぐ目の前にいた。
頭の温もりは、斉藤の白い手だったと知る。
「己を信じるというのも、他人を信じるというのも難しい上に時間がかかるものだ。
無理に周りに流されることはせぬことだな。 さもなくば、お前は此処にいない方がいい」
「それは……。 やっぱりわかんないです……。 私は、誰かを殺してまでしなきゃいけないことがなんなのかが、全くわからないです」
「ならば、お前が正しいと思う道を行け。 これから、更に血を見る機会は増えていくだろう。 だからこそ、お前はお前の居場所を見つけておくべきだ」
新撰組がいつまでありつづけるかもわからないのだ。 と、斉藤は付け加えた。
矢央は斉藤の言葉を、今はどう受け取ればいいかわからずにいたが、小さく息を吐いて口元の筋肉を緩めた。
「無理して笑う必要もない。 よくわからんが、女子は本当に微笑んでこそ美しいと思う」
「…むっ。 すみませんね、美しくなくて」
「何故怒るかわからん」
斉藤は女心を分かるべきだと矢央は密かに悪態ついた。
夜が明けた。
隊士達が、ぞろぞろと顔を洗いに出てくると、いつの間にか斉藤はいなくなっていた。
代わりに、矢央は隊士に混ざって顔を洗う楠を見つけた。
「楠さん……」
どこか元気がなく、ぼんやりとした楠。
『楠は長州の間者や』
以前山崎に言われたのを思い出し、また胸が苦しくなった。
『明朝に三名か』
その意味は、矢央にも薄々わかった。
三名の中に、楠は入っているのだろうか?
だとしたら、自分はこのまま知らぬふりをしていていいのだろうか?
と、これが矢央の寝不足の訳だったが、一晩考えても答えは出てこないまま朝を迎えてしまったのだ。
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