「矢央の奴、また呆けてやがる」

縁側に寝転び、溜め息を何度もつく矢央を井戸場から見る永倉は言った。


隣で汗を流していた原田や藤堂も、心配げにそちらに視線を送っている。



「あれからだよね。 矢央ちゃんの元気がなくなったのって」


大和屋事件である。


手拭いで顔を拭いた原田は、その手拭いをバシッと肩にかけた。


「矢央は芹沢さんに懐いてたからな、それなりに気に悩むとこがあんだろうよ」

「それにしたって、異常な落ち込みようじゃん! 別に誰が死んだってわけでもないのにさ」

「平助。死んじゃなくても、矢央は俺らと違って日常的に死に直面してるわけじゃねぇんだ。ああいった、事件があること自体あいつには重荷なってる」



永倉に言われ、藤堂は自分の言葉の浅はかさに拳をにぎった。

忘れかけていた。


彼女はこの時代にやって来て、まだ五ヶ月余り。

聞いた話によれば、矢央の生きてきた時代では刀を持つ者もいなければ、人が殺される場面や殺さなければならない場面に出くわすことはないといった。


武道の心得があるのは、祖父に身も心も強くあってほしいと言われた結果に過ぎず、


自分達のように、命を殺めるために鍛えたものでもない。



ああなるのが、もしかしたら普通なのかもしれない……。


矢央のように他人の傷を自分のことのように悩み痛める方が、よっぽど人間らしいと藤堂は思った。



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