なかった
失いたくないモノがない
なのに、それがないことを不思議そうに聞いてくる男には――自分の異常さを知ってしまう
大切なものなんかない
部下を死なせたくないと思ってもその言葉には『できれば』とついてしまう中途半端な思い
『助けたい』と思っても、『助けよう』までは感じない
大切なのは自分の命
だが、死ぬる時がくれば未練なく潔く死んでいくのだからいまいち大切なモノには当てはまらない
口が動かなかった
何もない、何も持っておらず
掴んだのは血塗られた剣だけで
かぶっているのは獣になりきれてない罪の皮
「……ちが、う」
それを否定し、足に力を入れた
弱々しい否定に比例し、立ち上がった体も弱々しい
威勢がなくなった体には、男は拍子抜けしたような顔をして
――向かってきた


