恋時雨~恋、ときどき、涙~

わたしはにっこり微笑んだあと、おもむろにポケットに手を突っ込んだ。


そして、健ちゃんの腕を離して、左手を突き出す。


ゆっくりと、指を開く。


わたしの手のひらの上で、ひまわりの髪飾りがちかちかと輝いた。


それまで、感情を無くした表情だった健ちゃんが、明らかに変化を見せた。


ひまわりの髪飾りを見つめる黒曜石が大きく見開き、逆上したように鋭くつり上がった。


あ、と思った時にはもう、目の前にあった大きな体はなく、数メートル先に、波打ち際に向かってずんずん突き進む後ろ姿があった。


わたしの手のひらにあったはずのひまわりの髪飾りも、忽然と姿を消していた。


突発的だった。


ひまわりの髪飾りを目にした途端に、健ちゃんはそれをむしりとるように掴むと、やぶからぼうに波打ち際へ向かって行ったのだ。


わたしは、慌てて追いかけた。


でも、もう、遅かった。


波打ち際で立ち止まった健ちゃんは、砂に叩きつけるように、乱暴に右手を振り下ろした。


ひまわりの髪飾りを、ゴミ箱に叩きつけるように、海へ投げ捨ててしまったのだ。


肩を上下させて、寄せて返す波を見つめるその後ろ姿にカッとなった。


降ってわいたような感情がわたしの体を、凄まじいスピードで逆流した。


わたしは、健ちゃんの無防備な背中を両手で突き飛ばした。


湿った砂に、健ちゃんが尻餅をつく。


わたしは、乱暴に両手を動かした。


〈捨てるなんて、ひどい! 最低!〉


でも、健ちゃんは表情ひとつ変えず、まるで鉄仮面のように、感情の欠片もない目をしていた。


話にならない。


人は、こんなにも変わってしまうものなのだろうか。


なのだとすれば、人の心というものは、なんて儚く脆いものなのだろうか。


わたしは浅瀬を突くように指さし、


〈あれは!〉


健ちゃんを睨んだ。


〈わたしの……大切な……〉


大切な、ひまわりなのに。


だめだ。


手が震えて、上手に動かせない。


『お前、ひまわりみたいに、笑うんけな』


悔しくて、奥歯を噛んだ。


あれは、健ちゃんから初めてもらった、大切なひまわりなのに。


何よ。


何、そんな目をしているの。


そんな目で、わたしを見ないで。


悔しくて、歯がゆくて、だけど、どうする事もできない過去に腹が立つ。


〈……捨てたいほど……忘れたいの?〉


わたしたちの恋は、そんなに酷いものだったのだろうか。