恋時雨~恋、ときどき、涙~

健ちゃんが、立ち止まった。


そして、振り向く。


健ちゃん……?


だけど、すぐにわたしに背中を向けて、階段の方へ歩いて行く。


胸が張り裂けそうになった。


振り向いた瞬間の健ちゃんはやっぱり無表情で、でも、今にも泣き出しそうな目をしていた気がしたから。


何か、わたしに言おうとしていたのではないか。


少なくとも、わたしにはそう見えて仕方なかった。


大きな背中が、ゆっくり遠ざかって行く。


嫌だ。


また、こんな、なの?


どうして、振り向かずに立ち去ってくれなかったの。


また、こんな中途半端な終わり方をするしかないの。


わたしたち。


ますます、忘れられなくなるじゃない。


わたしは、急いでその後ろ姿を追いかけた。


健ちゃんの腕を掴んで、引っ張る。


振り向いた健ちゃんと、しっかり、目が合った。


なんて、きれいな黒。


磨かれ磨かれて、不純物を全て取り除いたような、黒曜石のような瞳に、胸が熱くなる。


もういっそこのまま、時間が止まってしまえばいい。


このまま、化石になってしまいたい。


黒曜石のような瞳に吸い込まれそうになりながら、本当に、そう願った。


健ちゃんは無表情のまま、口を真一文字に結び、ただじっとわたしを見つめて来る。


わたし、今、はっきりと分かった。


自分の気持ちが定まって行くのが、手に取るように分かる。


やっぱり、わたし、この人を好きだ。


どうしようもなく、たまらなく、好きみたいだ。


3年も会わず、連絡も途絶えていたから、目を合わせても平気だと思っていた。


3年という歳月が、恋を友情に変えてくれているんじゃないかと思っていた。


だけど、違った。


3年という歳月を飛び越えてもなお、この人が好きだった。


止まってはずの時間は、知らない所で、しっかりと時を刻んでいた。