恋時雨~恋、ときどき、涙~

『真央ちゃんも、健太も。どうして、気づけなかったんだろうね。気付くことができていたのなら、また違っていたんだ。きっと』


礼拝堂のステンドグラスを突き破って降るように射し込む西日の中、切なそうに動く亘さんの唇の動きが、脳裏を鮮やかに廻った。


『真央ちゃんも、健太も。もっと、自分の事だけを考えて、いいんだよ』


『君たちは、いつも、相手の事を想い過ぎて、疲れてしまったんだ』


『お互いに、お互いのことを、大切にし過ぎたんだよ。きみも、けんたも』


その時だった。


誰かに呼び止められたかのように、突然、波打ち際を歩いていた彼の足が止まった。


真っ黒な革靴に波がぶつかって、細かく砕けるように小さなしぶきが弾ける。


はっとした。


水平線付近が、発光した。


凪いでいた水面が、超音波に刺激され振動するように波打つ。


砂埃を巻き起こして、海を渡り、風が強く吹いた。


頬がぴりぴりする。


雨の匂いが、一層濃くなった。


突風のような風にあおられ、わたしはとっさに目をつむり、向かい風に背を向けた。


風がやんだ。


目を開けながら振り向くと、同じ場所に、健ちゃんの姿があった。


健ちゃんはスーツのポケットに両手を突っ込み、水平線の彼方を眩しそうに見つめていた。


大人の色気が漂う、そのスマートな横顔に、わたしはの目は磁気に吸い寄せられるように、釘づけになった。


大変。


わたしは、慌てて、胸を押え付けた。


心臓が、ジャンプするうさぎのように、暴れ出してしまったのだ。


大変、大変。


わわ、こら、大人しくしてちょうだい。


わたしは、こうか、それともこうか、とあらゆる角度から、心臓を押え付ける。


大人しく、静かにしていて。


お願いだから。


だって、思ったのだ。


もしかしたら、ここから音が漏れ出しているんじゃないか、と。


そして、今、音を立てたりしてはいけない、そんな気がした。


だから、ここから音が漏れ出さないようにと、必死に胸元を抑え込んだ。


そもそも、こんなところから漏れ出す音があるのかも、分からないくせに。


一度も、聞いたことないのに。


心臓の音なんて、知らないのだけれど。