恋時雨~恋、ときどき、涙~

この美岬海岸に、通り雨がやって来る。


だって、わたし、鼻がきくの。


耳が聴こえない分、鼻がきく。


自信がある。


〈雨のにおいがする〉


「雨に、匂いなんかあるん?」


すんすん、と犬のように辺りを嗅ぐ幸が、不満そうに首を傾げる。


雨が降る前に、伝えに行こう。


雨の季節が来る前に、別れを告げた、あの人に。


「分からん。何もにおわんけど。雨なんか降らんて……あほちゃうか」


あんたは犬か、と不満そうに空を見上げきょろきょろしている幸に、背を向ける。


今に見ていなさい。


本当に、降るから。


わたしは、しめしめと、こっそり笑った。


ほんの少し、得意な気分だ。


これも、わたしの個性なの。


そして、胸いっぱいに空気を吸い込んで、わたしは駆け出した。


芝生を駆け抜けて、夕日色に染まる礼拝堂の前を横切る。


アイリスが咲き誇る細い砂利道の通路を抜けると、パーティー会場となっているオープンテラスに出た。


会場は大遅刻の新郎新婦を待ちわびて、満席だった。


会場の脇を抜けて裏に回ろうとした時、人と正面衝突して、わたしは尻餅をついた。


すっ、と真摯な手が目の前に出された。


はっとして顔を上げると、ウエイターさんが慌てた様子で「大丈夫ですか」と手を伸べていた。


きりりとした顔立ちの爽やかな、清潔感あふれる男性だった。


「あの、お怪我はありませんか?」


わたしが頷くと、ウエイターさんはほっと安堵の表情になって、


「わたくしの不注意です。申し訳ありません」


たぶん、そう言って、わたしを真摯に立たせてくれた。


そして、直後、顔を上げて、「あの」と不思議そうにわたしの顔を覗き込んで来た。