恋時雨~恋、ときどき、涙~

不思議な手や、と幸が笑った。


「真央の手は、ひとひとつ、言葉を紡ぎだすんや」


この、手が?


「何でもないたったひとつの言葉が、相手を傷付けてまうこと。何でもないひとつの言葉が、相手を救うことも。この手はな、誰よりも分かっとんねん」


わたしの、この、手が?


「ひとつの言葉がどんだけ重いんか、どんだけ大切なんか。真央の手は、それをちゃんと分かっとる」


すごい手や、と幸がわたしの手の甲に触れた。


「この手が、うちを救ってくれたんやで。うちの命、救ってくれたも同然や」


夕日が燦燦と降り注いで、芝生をキラキラ輝かせる。


「せやから、諦めてばかりおったらあかんよ。真央」


個性は生かさな意味がないんやで、と幸が微笑むみながら言った。


耳が聴こえん。


しゃべれん。


それが、真央の個性やんか。


かけっこが得意な人間がおれば、苦手な人間もおるやろ。


それと、同じや。


「個性に引け目感じて諦めるなんて、損やで。生かしてやりよ」


真央が諦めたら、そこで終わりやで。


「諦めて、捨てなくてもええもん、捨てて、全部失ったらあかん。ひとつでも、つかまなあかんで」


この手で、そこまでは読み取る事ができたけれど、その先はどんなに頑張ってもできなかった。


幸の可愛い笑顔が、蜃気楼のように歪んでいった。


秋の霜と夏のきつい陽射しのような感情が、入り混じる。


秋霜烈日な感情と涙が同時に、一気に溢れて、最後には幸の唇も手の動きも読めなくなった。


涙のベールで滲む先に唯一確認できたのは、きらりと輝く光だった。


それは、幸の華奢な鎖骨に輝く、おほしさまのネックレスだった。


わたしは涙を拭いたその手で、


〈幸〉


彼女の顔を扇いだ。


「何やの。そんなに泣いとったら、会話にならんやろ」


わたしは鼻をすすって、おほしさまを指さした。


〈幸は、おほしさまみたいだね〉


「え? うち?」