恋時雨~恋、ときどき、涙~

涙を拭った手で聞くと、


「せや!」


と幸は笑いながら、わたしにハンドバッグを持たせた。


「返事。まだしとらんやろ。あの男に」


幸の細い手が伸びて来て、わたしの胸元をぐっと押した。


「ここに。3年間詰め込んで来たもん。伝えに行かな」


その次の瞬間、まるで、突風のような風が吹いた。


夏の熱を孕んだ風が、竜巻のように、渦を巻くように、芝生を低姿勢で駆けまわる。


静奈からもらったブーケから散った純白の花びらたちが、ほこりと共にぶわりと舞い上がった。


ころころ、白いボールが転がるように、プルメリアの花びらが芝生を走り回った。


わたしはメッセージカードとひまわりの髪飾りを握りしめた。


「真央」


幸の両手が、わたしの手を包み込む。


「どんなに想っていても、伝えな、絶対、伝わらんのやで」


顔を上げると、幸はすっきりした顔で微笑んでいた。


「人の心の中身っちゅうもんは誰も見る事ができん。聞くこともできん。せやから、伝えな、いつまで経っても、そのままや」


なあ、真央、分かるやろ、と幸がわたしの肩を掴んで前後に揺らした。


「確かに、真央は、相手の声を聞くことができんよな。それに、想いを声にする事もできん」


そうだ。


その通りだ。


こく、と頷くと、


「せやけど、これがあるやんか」


と、幸はわたしの両手を、しっかり、強く握った。


「耳と声の代わりに、両手があるやんか」


耳と、声の代わりに……両手が。


わたしは、自分の手を見つめた。


なんだ、この手。


幸や静奈のような綺麗な手と違って、色気の欠片もない、素朴で情けない手だ。


「なあ、真央」


とその手に触れたまま、幸が目をキラキラさせて微笑む。


「あんたには、この手が、あるやんか」


するり、と絡まっていた糸がほどけるように、わたしの手から幸の手が離れた。