恋時雨~恋、ときどき、涙~

「うちみたいに、後悔して欲しないんや。真央は、うちと同じことしたらあかんで」


分かるやろ、と幸の手がすうっと伸びて来て、わたしの右の頬を包み込む。


仄かに甘い香りのする、ぬくぬくした手のひらだった。


「あんたは、伝えなあかんで。真央」


幸の手首から、甘くて、だけど、スパイシーな大人の香りがふわりと香る。


何も返す事が出来ずに、ただ髪飾りを握りしめて立ち尽くすわたしに、幸が微笑んだ。


「なんでか分かるか?」


幸は忙しい女の子だ。


泣いたり、笑ったり、忙しい女の子だ。


「なんで、順也くんも静奈も、あの男も、うちも。手話覚えたか、分かるか?」


なぜなのか、自分でも分からなかった。


なぜだか、わたしは無性に泣きたくなっていた。


今、少しでも力を抜いたら泣いてしまいそうで、頷くことも首を振る事もできなかった。


涙で潤っている幸のまあるい目を、ただじっと、まるで睨むかのように、ひたすらじっと見つめた。


教えたるわ、と幸がわたしの顔を指さした。


「あんたのことが」


幸の右手の人差し指と親指がの先端が、ぴたりとくっつく。


「みんな、あんたのことが」


幸の指が、スローモーションに動く。


「めっちゃ」


わたしは瞬きもせずに、幸の両手を見つめ続けた。


幸の親指と人差し指が喉元を挟むように開く。


その指を前に出しながら、今度は2本の指をくっつけて、


「みんな、真央の事が、大好きやねん」


幸は桜が満開に花開いたように笑った。


目の奥がじわじわと熱くなって、涙が込み上げる。


「みんな、ホンマに好いとんねん、真央のこと。せやから、手話、覚えたんや」


あんたと、と幸が人差し指の腹でわたしの額を軽くひと突きした。


「話がしたいねん。みんな。真央と、繋がってたいねん」


とん、と突かれて、ボタンを押されたように、唐突に涙があふれた。


「泣く必要ないやろ。何、泣いとるんよ。あほやなあ」


と幸は笑い飛ばし、芝生に散らばったままのわたしの私物をテキパキと拾い始めた。


「おい、こら。何ぼさっと突っ立とんねん。こっからが勝負やで」


泣いとる暇ないで、とハンドバッグに物を詰め込む。


〈勝負?〉