恋時雨~恋、ときどき、涙~

「あの夏、真央の心の壁を乗り越えて、想いを伝えて来てくれたのは、健太さんだったけど」


わたしの手のひらの中で、くるん、と金色に輝いたのは、ひまわりの髪飾りだった。


「今度は、真央の番なんじゃない?」


え? 、と首を傾げると、静奈が清楚に笑った。


静奈越しに、空を見上げる順也の後ろ姿が見える。


「今度は、健太さんの心の壁を乗り越えて、想いを伝えるのは、真央、なんじゃない?」


健ちゃんの、心の壁……?


わたしは、右手を握りしめた。


その手を、静奈の両手が包み込む。


コットンに包まれているように温かかった。


「ねえ、ま、お」


静奈の形のいい唇が動く。


「今が、その時、なんじゃない?」


静奈の言葉は、完璧に、わたしの心を揺さぶった。


彼と初めて会った、夏の日の夕方を思い出す。


わたしがどんなに突っぱねても無視しても、適当にかわしても、健ちゃんはそんな事ひとつも気にせずに話しかけてきた。


『音のない世界って、どんな感じ?』


耳が聞こえないわたしに、ひとつも気を使う様子などなくて。


少し、無神経すぎるほど、真っ直ぐで。


『音のない世界って、どんな感じ?』


いつも、あっけらんと笑っていて。


ひだまりのような、笑顔だった。


「さっきは、気が動転してて、帰ったって言っちゃったけど」


と静奈が、そーっとわたしの手を離した。


「健太さん、まだ、帰ってないと思う」


静奈の人差し指が、正面に広がる美岬海岸を指す。


「あっち。駐車場の方じゃなくて」


次に、夕日色に染まる礼拝堂の方を指した。


「チャペルの裏の、浜へ続く階段を下りて行ったから」


あとは、真央次第、とそれだけ言って、静奈は順也と一緒に去って行った。


小さくなっていくシルエットを見つめながら、隣で、幸が手話をする。


「ええな。ええよな、あんなふたり。憧れてまうやん。なかなか居らんで、あんなふたり」


ほんとう。


なんて、素敵なふたりなのだろう。