恋時雨~恋、ときどき、涙~

あっ、と現実へ引き戻された童話の中のヒロインのように、


「やっばーい! 行くよ、順也! まず、そのタキシード、着替えないと」


静奈が慌てふためきながら、順也の車椅子を勢い良くぐんと押して、踵を返した。


「ああ……これ、レンタルなのに。大変だ」


とわたしとの取っ組み合いでほこりまみれになってしまったタキシードを見ながら、


「いや、我ながら派手にやっちゃったなあ」


面白可笑しそうに笑う順也は、暢気だ。


「真央ー! 幸もー!」


押していた車椅子を停めて、


「私たち、先に行ってるねー」


と右手を大きく左右に振る静奈の濃いオレンジ色のドレスが夕日を吸収して、淡くキラキラと輝いて見えた。


ああ! 、と幸が右手を振り上げた。


「うちらもすぐに行くで」


はようせんと捜索願出されてまうで、と幸が大きな口で笑った。


再び踵を返したはずの静奈だったけれど、数メートル進んだ時、そこに順也を残して、


「真央に、言い忘れてた事があった」


とドレスをバルーンのように膨らませて戻って来た。


〈何?〉


「うん。あのね」


静奈の両手が動く。


「私、諦めない」


だから、と急ぎ足のように動く静奈の手に、夕日が集まる。


「真央も諦めないでね、絶対」


静奈の目は、以前と変わらずミステリアスだ。


だけど、3年前とは比べるに値しないほど、優しい色とまなざしになった。


そして、勇者のように強い、勇敢な瞳になった気がした。


芝生の一部がキラリと光る。


「あ……これ」


静奈がそこに手を伸ばし、何かを拾い、微笑みながらわたしの手に握らせた。