恋時雨~恋、ときどき、涙~

〈建物、乗り物、草も花も、動物も、何もないって。何もない町に、健ちゃんは居るって〉


それはどこにあるの? 、と聞いたわたしに順也は悔しそうに顔を歪めて、


「どこに、あるのかな……」


と口を一文字に結んだ。


その場所を探すように、順也の視線が正面に広がる水面に向かう。


次の瞬間だった。


順也がハッとした様子で、弾かれたように振り返る。


向こうから駆けて来る人影は、静奈だった。


「順也! 真央!」


大きな口でわたしたちを呼びながら向かって来る静奈は、パーティー用のオレンジ色のドレス姿だった。


バルーンのように広がったドレスの裾を持ち上げて、裸足で駆けて来る。


せっかくセットされた髪型も、少しだけ崩れていた。


息を弾ませて走って来た静奈は、飛び付くようにわたしの手を握った。


「真央っ……」


わっ。


びっくりした拍子に、わたしの手から真っ白なブーケが落ちて、芝生に転がった。


「真央っ、これっ……」


と静奈がわたしの手に、何かを握らせた。


小さくて固い感触が、右手にあった。


何? 、と首を傾げながら右手を開いて、わたしは息を飲み込んだ。


わたしの手のひらの上で夕日に照らされて輝いているのは、ひまわりの髪飾りだった。


これ……この町を出る時、別れる時、健ちゃんに返した物だ。


「真央」


素早い手つきで、静奈がわたしの顔を扇いで来た。


「真央!」


ハッとして、顔を上げる。


「急いで。今なら、まだ間に合う」


〈……急ぐ、って?〉


「えっと、あ……どうしよう、何から話せば……」


あくせくあくせくして、髪の毛をぐしゃと掻いて、慌てふためく静奈を、


「しー。どうしたの? 落ち着いて。ゆっくり、説明して」


と順也がなだめる。


「ああ、うん。ええと、あのね」


その場で足踏みを何度か繰り返したあと、静奈はふうと大きな息を吐き出して、わたしに言った。


「これ、この髪飾りね」


静奈の細い人差し指が、わたしの手のひらの中のひまわりの花を指した。


「健太さんが、真央に、って。渡してくれ、って。要らないなら捨ててくれって。自分では捨てる事ができなかったって」


ひまわりの髪飾りが夕日を跳ね返して、眩しくて、わたしは目を細めた。


「持っていたら、一生、前に進む事ができないって。だけど、捨てる事がどうしてもできなかったって。それで、健太さん……」


突然、静奈の手話が止まった。


「しー」


急かすかのように、順也が静奈の腕を掴んで体をゆする。