恋時雨~恋、ときどき、涙~

「ぼくも、しーも、さっちゃんも。奇跡を起こしたよ」


そう手話をしたあと、順也は両手を車椅子の手すりに置いて、一気に立ち上がった。


「見て、真央。ぼくね、立てるんだよ」


順也の唇が震えている。


「立てるんだ」


真央のおかげなんだ、そう言って、順也は沈むように車椅子に座り直した。


「ありがとう。真央」


何を言っているのだろう。


わたしは唇を噛んで、ふるふると首を振った。


〈わたしは、何もしていない〉


立てるようになったのは、順也自身が努力をしたからだ。


「何を言っているの? だって、真央が教えてくれたんじゃないか」


清らかに、順也が微笑む。


海風が、わたしの腕の中の花を微かに揺らした。


「諦めるな、って。諦めたらダメだって。やってみなきゃ、分からないって。真央が、ぼくとしーに教えてくれたんだよ」


〈わたし、本当に……何も〉


たたみかけるように、順也が言った。


「しーがこの町を出て行こうとした日、ぼくは諦めていたのに、真央は絶対にあきらめたりしなかったじゃないか」


はっとした。


あの、冬の日を思い出して、はっとした。


「あの日から、ぼくは諦めたりしないって決めたんだ。何があっても、どんな事が起きても、簡単には諦めたりしないって」


にっこり笑ってみせた順也を、かっこいいと思った。


「だから、しーの親に猛反対されても、ぼくは絶対に諦めたりしなかった」


しーも同じだった、と順也は続けた。


何度も、何度も、ふたりで頭を下げた。


すると、何度も何度も、反対された。


だけど、何度も何度も、諦めなかった。


「真央が、ぼくたちを諦めなかったように、ぼくも、諦めたくなかったから」


真央も諦めないで、と順也がわたしの目をじっと見つめてくる。


優しい目を、西日色に輝かせて。