恋時雨~恋、ときどき、涙~

両手でお話をすることが、宝物のように思えるようになった。


「あれから、もう、18年になるんだね」


空を仰ぐように、大人になった順也の大きな両手が動く。


〈そうだね〉


わたしは頷いた。


「奇跡ってさ、きっと、神様が起こす運命じゃないと思うんだ」


突然、順也が切り出した。


「奇跡ってさ、おそらく、人の強い心が起こす偶然なんじゃないかって、ぼくは思うんだ」


茜色の空を丁寧に切り取るように、順也の両手が繊細に動く。


だってそうでしょ、と順也は続けた。


「この世界は奇跡だらけだよ。偶然が、何個も積み重なった奇跡だらけだよ」


順也の髪の毛先が西日に透けて、思わず目を細めた。


眩しい。


きれい。


順也の醸し出す空気は、いつも、きれいな気がする。


「ぼくと真央が、幼なじみになれたこと。しーと出逢えたこと。あの夏に、ぼくが事故に遭ったこと。それから、歩けなくなったことも」


ううん、違う。


順也の周りの空気は、いつだってきれいだ。


「はたから見れば、全部が繋がっているような運命に見えるかもしれないけれど」


順也の隣に居るだけで、心が穏やかになっていくのだ。


「全部、人の強い想いが起こした奇跡なんじゃないかって、そう思うんだ」


3年経って、順也はすっかり男の人になった気がする。


男の子、から、大人の男の人、に。


だけど、それは何も変わらない。


順也が醸し出す、やわらかな空気。


順也が醸し出す不思議な空気は、わたしを冷静にするのだ。


ね、真央、と順也が左手でわたしの顔を扇ぐ。


その薬指にはめられたマリッジリングが、西日で煌めく。


「奇跡だと思ったんだ。さっちゃんが、電話をくれた日」


『おったで! おったわ。真央が、東京におったんや。3年もかかってしもたけどな、ようやっと、会えたで。順也くん。どや。うちがみっけたんやで。お手柄やろ?』


「それこそ、奇跡だと思ったんだ。ぼくもしーも嬉しくて、恥ずかしいけど、泣いちゃったんだ」


順也の両手は、不思議な魔法を持っている。


優しくて、やわらかくて、あたたかくて。


わたしの荒地のような心に、すとん、と落ちて来る。