恋時雨~恋、ときどき、涙~


じゅんやくん へ


ありがとう



     まお





『ま、お……まお、っていうなまえなんだね!』


順也の唇の動きを読むのは初めてだったけれど、簡単だった。


ゆっくり、その目と同じで優しい動き方だったから。


わたしが頷くと、順也は、クッキーに添えたメッセージカードのわたしの名前を人差し指でなぞって、


『ま、お。ま、お』


と、何度も何度も、呪文を唱えるかのように繰り返した。


その度に、わたしも同じ回数の分、頷き返した。


『まお。ぼくは、じゅんや。もう、おともだちだね』


よろしくおねがいします、と順也が右手を伸べて来る。


その手に手を重ねて、わたしは順也の手を握り返して笑った。


『さっそくだけど、あした、ぼくとあそんでくれる?』


あの時に交わした、ゆびきりげんまん。


5歳だった順也の小指はとっても小さかったけれど、とおっても温かかった事は、今でも忘れられない。


『そうだ! うみにいこう! みさきかいがんに、いこう』


絶対に、忘れない。


その週の休日から、町の手話教室に、仲間がひとり加わった。


『ぼく、まおとおはなしがしたいんだ。シュワって、むずかしいねえ。だけど、これからは、たくさんおはなしをしようね。まお』


ささもりじゅんや、という男の子。


『へいき! しんぱいしないで。だって、ぼく、がんばるからね』


本当はめんどうだった手話が、わたしは大好きになった。


『すごいね! こえじゃなくても、にんげんはおはなしができちゃうんだね!』


りょうてがあれば、おはなし、できるんだね、と順也が笑ってくれたあの日から。