「お姫様と、お友達になりたかったんだ、ぼくは。だけど、真央はぼくを見つけると隠れたり、カーテンを閉めてばかりだった」
そんな毎日が過ぎて行った、ある日の夕方だった。
お父さんは仕事で、お母さんは夕飯の買い出しで、わたしは留守番をしていた。
誰かがインターフォンを押したのだ。
天井のランプがくるくる回って点滅していたから、すぐに分かった。
お母さんが帰って来たのだと思いうきうきしながら玄関のドアを開けると、そこには誰も居なかった。
綺麗な茜色の空が広がっているだけだった。
きっとまた、近所の男の子たちのいたずらか、としょんぼりしてうつむいた時だった。
それ、が目に飛び込んで来た。
門扉の前に、たくさんのクローバーをモールで花束のようにひとつに束ねたものが、ちょこんと置かれてあったのだ。
誰?
慌ててきょろきょろ辺りを見渡すと、お隣さん家に走って行く男の子の姿を見つけた。
男の子が玄関のドアを閉めた事を確認したあと門扉を開けて、クローバーの花束を拾った。
そのクローバーの下には、風に飛ばされてしまわないようになのか、いびつな石ころに押え付けられた紙があった。
綺麗な便箋ではないし、メモ帳でもない。
新聞の折り込みチラシを切った物だった。
わたしは耳が聞こえない分、人より早く字を読めるようになったし、書けるようになった方なのだと思う。
だけど、さすがに、戸惑った。
水色のクレヨンで書いてあるその字は本当に汚くて、読むのに苦労した。
おひめさま
おともだちになってください
じゅんや
へたくそな字だなあ、と溜息を落とした。
だけど、嬉しくて嬉しくて、あ、と思った時には頬を涙が伝っていた。
これは、罠かもしれない。
おともだち、なんて書いてあるけれど、本当はわたしをおちょくって陰で大笑いしているのかもしれない。
嘘、なのかもしれない。
だけど、涙がこぼれた。
嘘でもいいと思った。
嘘でもなんでもいいと思った。
おともだちに、と言ってもらえたのは初めてで、ただとにかくうれしくて。
わたしはクローバーの花束を抱きしめて、指文字をした。
じ、ゆ、ん、や。
あっ。
ちっちゃい「ゆ」だから、じゅんや、だ。
〈嬉しかった。わたし、本当に嬉しかった。順也が、初めてのお友達〉
うん、と順也は頷き、
「その日の夜だったね。真央がぼくの家に来たのは。おばさんと一緒に来て、ぼくに、にっこり、笑ったんだ」
とくすぐったそうにはにかんだ。
クローバーの花束のお返しに、お母さんと一緒にチョコチップクッキーを焼いて、その日の夜、わたしは順也に渡しに行ったのだ。
そんな毎日が過ぎて行った、ある日の夕方だった。
お父さんは仕事で、お母さんは夕飯の買い出しで、わたしは留守番をしていた。
誰かがインターフォンを押したのだ。
天井のランプがくるくる回って点滅していたから、すぐに分かった。
お母さんが帰って来たのだと思いうきうきしながら玄関のドアを開けると、そこには誰も居なかった。
綺麗な茜色の空が広がっているだけだった。
きっとまた、近所の男の子たちのいたずらか、としょんぼりしてうつむいた時だった。
それ、が目に飛び込んで来た。
門扉の前に、たくさんのクローバーをモールで花束のようにひとつに束ねたものが、ちょこんと置かれてあったのだ。
誰?
慌ててきょろきょろ辺りを見渡すと、お隣さん家に走って行く男の子の姿を見つけた。
男の子が玄関のドアを閉めた事を確認したあと門扉を開けて、クローバーの花束を拾った。
そのクローバーの下には、風に飛ばされてしまわないようになのか、いびつな石ころに押え付けられた紙があった。
綺麗な便箋ではないし、メモ帳でもない。
新聞の折り込みチラシを切った物だった。
わたしは耳が聞こえない分、人より早く字を読めるようになったし、書けるようになった方なのだと思う。
だけど、さすがに、戸惑った。
水色のクレヨンで書いてあるその字は本当に汚くて、読むのに苦労した。
おひめさま
おともだちになってください
じゅんや
へたくそな字だなあ、と溜息を落とした。
だけど、嬉しくて嬉しくて、あ、と思った時には頬を涙が伝っていた。
これは、罠かもしれない。
おともだち、なんて書いてあるけれど、本当はわたしをおちょくって陰で大笑いしているのかもしれない。
嘘、なのかもしれない。
だけど、涙がこぼれた。
嘘でもいいと思った。
嘘でもなんでもいいと思った。
おともだちに、と言ってもらえたのは初めてで、ただとにかくうれしくて。
わたしはクローバーの花束を抱きしめて、指文字をした。
じ、ゆ、ん、や。
あっ。
ちっちゃい「ゆ」だから、じゅんや、だ。
〈嬉しかった。わたし、本当に嬉しかった。順也が、初めてのお友達〉
うん、と順也は頷き、
「その日の夜だったね。真央がぼくの家に来たのは。おばさんと一緒に来て、ぼくに、にっこり、笑ったんだ」
とくすぐったそうにはにかんだ。
クローバーの花束のお返しに、お母さんと一緒にチョコチップクッキーを焼いて、その日の夜、わたしは順也に渡しに行ったのだ。



