恋時雨~恋、ときどき、涙~

その翌日も、次の日も、その次の日も。


わたしはなぜだかとても隣の家の男の子の事が気になって、こっそり、リビングの窓辺に立ち、カーテンの陰から隣の家の二階の窓を覗いた。


すると、決まって、男の子は窓から身を乗り出して、わたしの家を覗いているのだ。


やさしそうな目を大きく見開いて、キラキラ、輝かせながら。


「ぼくは知っていたよ。お姫様は音が聞こえないってこと。お母さんが言っていたし、近所のおばちゃんたちが、よく立ち話をしていたから」


かわいそうだねって、と手話をして、順也は都合悪そうに肩をすくめた。


やっぱり、そうだったのか。


近所で、話題にされていたのか。


耳が聞こえなくて、可哀想だね、って。


分かっていたつもりだったけれど、やっぱり少し悲しくて、ブーケを抱いて肩をすくめ苦笑いするわたしに、順也は「でもね」と胸を張って言った。


「ぼくはそうは思わなかった。一度も。真央を、可哀想だと思えなかった」


〈なぜ?〉


順也がわたしと仲良くしてくれていたのは、可哀想だと思っての事だと、本当は心のどこかで思っていた。


「だって、隣の家を覗くと、いつも、お姫様は笑っていたからね」


にっ、と順也が白い歯をたっぷりとこぼれさせた。


ああ、と思った。


あの頃、夕方になると、いつも門扉の前に現れる男の子が居て、それは順也だった。


順也は雨の日も、風の日も、晴れの日も、毎日、門扉の間から小さな顔をひょっこりと覗かせて、わたしの家を覗いてばかりいた。


〈どうして、覗いていたの? わたし、こわかったんだから〉


「えっ、そうだったの? ごめん」


わたしが睨むと、順也は可笑しそうに笑って、目を半分にした。


わたしはわざと睨みながら、こくりと頷いた。


〈嫌がらせだと思っていた。わたしの耳の事をばかにしに来ているのだと〉


それは、よくある事で、日常茶飯事だった。


近所の同い年の男の子たちが、門扉の前であっかんべえをしたり、インターホンを押して逃げて行ったり、いわゆるピンポンダッシュというやつ。


いつも、いたずらや嫌がらせをされていたから。


男の子って野蛮な生き物だと思っていたし、だから、お隣さん家の男の子もそうなのだと思っていた。


違うよ、と順也が右手で否定のジェスチャーをした。