恋時雨~恋、ときどき、涙~

わたしの手を離し、亘さんが肩をすくめると、しわひとつ見当たらないスーツが窮屈そうなしわを作った。


「怖くて、たまらなくなる瞬間があるんだ」


ステンドグラスが、万華鏡のように光り輝いている。


それを眩しそうに見つめたあと、亘さんはうなだれるようにうつむいた。


どうして、こんな事になってしまったのだろう。


わたしはメモ帳をきつく握りしめたまま、ブーケを抱きしめた。


プルメリアの真っ白な花びらに透明なひとしずくが落ちて、弾ける。


降り出したひと粒目の雨みたいだ。


それは、わたしの涙だった。


健ちゃんの、ばか。


あほう。


とんちんかん。


両手から、今にもこぼれ出しそうな純白の花に、顔を埋めた。


いくつもの涙が、頬を伝い落ちてゆく。


健ちゃんの、おおばかやろう。


肩を叩かれて顔を上げると、亘さんが寂しげな笑顔をわたしに落としていた。


「ごめんね、おれ、会社に戻らなきゃいけなくて。まだ、終わってない、急ぎの仕事があるんだ」


亘さんが立ち上がる。


そして、通路に出て、振り向いた。


「ねえ、真央ちゃん」


亘さんはスーツのポケットに両手を突っ込んだ。


「愛は、障害を越えるものなのかもしれないよ。でも、それが、真実の愛なら、の話だけど」


真実、の……?


「か、え」


亘さんが、笑った。


「果江。もうすぐ、母親になるんだって」


わたしの目が、勝手に大きく見開いた。


うん、と頷いた亘さんは、優しさに満ちた笑顔だった。


「手術、大成功だったんだ。去年の春に結婚して、もうすぐ、子供産むんだって。すごいだろ?」


わたしは、大きく頷いた。


こくこく、こくこく、何度も。


亘さんが嬉しそうに笑った。


「果江は、障害を乗り越えたんだよ。それは、きっと、隆司さんの愛が、そうさせたんだろうな」


嬉しくて、嬉しくて、涙が勝手に出てくる。


涙越しに、亘さんがネクタイを締め直している。


「ねえ、真央ちゃん。おれ、思うよ」


この3年間、いろんな事があったけど、と亘さんが微笑んだ。