恋時雨~恋、ときどき、涙~

「待ってたよ、真央ちゃん。君が、この町に帰って来る日を」


ずっと、待ってたよ、そう言った亘さんは、今にも泣いてしまいそうに、表情を歪めた。


亘さんが、わたしの顔を扇ぐ。


「どうしたらいいのか、分からないんだ。助けて、真央ちゃん」


だって、うさぎなんだろ?


うさぎって、真央ちゃんの事だろ? 、と亘さんが大きな口で言った。


きっと、おそらく……そうなのだと思う。


わたしは小さく頷いた。


わたしは、あっけらかんと大きな口を開けて笑うライオンに恋に落ちた、耳の短いうさぎだ。


そう、と亘さんが頷き返して来た。


「医者にも行った、今だってカウンセリング受けてるんだ。でも、もう、ここから先は、本人の気持ち次第だって、先生が言うんだ」


亘さんが、わたしの手を掴む。


「おれじゃ、どうする事もできないんだよ。助けて、真央ちゃん。助けてくれないかな、健太のこと」


怖い、と引いてしまうほどの強い力だった。


掴まれた部分の皮膚がぴりぴりする。


でも、どうすればいいのかなんて、わたしにも分からない。


息を殺して固まるわたしに、亘さんが言った。


「健太が今住んでいる世界は、間違いなく殺風景で、昼間でも真っ暗で。間違いなく、何も存在してない」


もう、これ以上は無理だ。


亘さんの唇を読む事が苦痛で、やめよう、目を反らそう、そう思うのに。


「健太。きっともう、笑う事はないと思うよ」


だけど、どうしても、目を反らす事ができなかった。


「健太の体は確かに今を生きているけど。あいつの心は、ここにはないよ」


だって、亘さんがあまりにも真剣な顔をするから。


「健太は、心を、3年前に置いて来たからね」


ステンドグラスから、淡い西日色の光が木漏れ日のように差し込んでくる。


「ねえ、真央ちゃん。時々、怖くなるんだ。おれ」


わたしは、真っ白で神聖なブーケを抱きしめた。


「いつか、健太が、本当に居なくなるような気がする瞬間があるんだよ」