恋時雨~恋、ときどき、涙~

「ありがとう。借りるね」


亘さんが、メモ帳の新しいページに何かを書き始めた。


妙な胸騒ぎがした。


強くてしぶとい風にぐらぐらと揺れる柳の枝葉のように、胸の辺りにぞわぞわとした不快な感覚が走る。


何かが無性に怖くなって、わたしは見つめていたメモ帳とボールペンの先から視線を反らした。


なぜ、こんなに不安なのだろうか。


不安の波にさらわれて、どこかへ連れ去られてしまいそうなほどなのだ。


だけど、わたしはその不安感に気付かないふりをした。


ステンドグラスが、万華鏡のようにくるくるきらきら、厳かな光を床に落とす。


さっきよりも微妙に、太陽が西側に傾き始めている。


迫り来る不安を振り払いたくて、わたしはわざと別の事を考える事にした。


もうじき、パーティーが始まるなあ。


こんな所で亘さんと語り合っていないで、早く戻らないと。


きっと、今頃、控室で幸が心配している。


早く戻らないと……戻らないと。


今、ここから立ち去る事は、たやすい事なのに。


それは分かっているのに、わたしにはできなかった。


亘さんに肩を叩かれた。


わたしは、茫然とした頭でゆっくりと振り向いた。


「……えっ」


わたしの顔を見るや否やぎょっと目を見開いた亘さんが、わたしの顔を指さした。


「どうして、真央ちゃんが……」


なぜ、亘さんが驚いているのか、分からない。


鼻の奥がつーんとする。


わたしは、首を傾げて、固まる亘さんの顔を扇いだ。


〈どうしたの?〉


人差し指を左右に振るわたしを見て、「ごめん、手話、分からない」と亘さんはスーツから取り出したハンカチを差し出して来た。


「なんで、君が、泣いているの?」


ハッとした。


亘さんの唇を読み取って初めて、自分の頬が濡れていた事に気付いた。


右手で、頬に触れてみる。


今度は、左手で。


わたし、いつから泣いていたんだろう。