恋時雨~恋、ときどき、涙~

立ち尽くすわたしに、幸が言った。


「行かんの? 行き、真央。話して来たらええやん。うち、待合室で待っとるから」


〈でも……〉


ショックで手が震えて、うまく手話ができない。


でも、でも、と同じ動作を繰り返すわたしを、幸が怪訝な面持ちで見つめて来る。


あれは……あの目は……。


あれが、健ちゃんだっていうの?


「ええの? このままで、ええの?」


あかんやろ、このままじゃ、と幸が睨んで来る。


「何言われてもええやんか。ケンカになってもええやん。行かなあかんで、真央」


幸に背中を押されて、


「チャンスはいくらでもあるわけちゃうで。もしかしたら、これが最後のチャンスかもしれん」


幸の心が、わたしの背中を押して、


「一生後悔したまま、生きてくつもりか?」


一歩を踏み出させる。


「うちは、もう会われへんねん。言いたい事があっても、届かんとこに、あらしが居んねん」


湿った浜風が、幸の髪の毛をなびかせる。


「せやけど、真央はちゃう。会えたやんか。伝える事ができるんやで。生きとるんやから」


生きてるのだから。


「伝えたい事は、ただ思うとっても伝わらん。伝えな、伝わらんのやで、真央」


もう一度、幸がわたしの背中を押した。


まるで突き飛ばすように、強く。


「今、行かんかったら、あとはないと思った方がええで」


ラストチャンスや、と幸がにっこり笑った。


〈ありがとう〉


わたしは、駆け出した。