恋時雨~恋、ときどき、涙~

そんなの、嘘だ。


わたしが知っている結末は、ひとつだけだ。


人魚姫は大好きな王子様の命を守るために、自らの命を犠牲にする。


そして、海の泡になって、消えてしまうのだ。


疑心の目を向けるわたしに、店長が「貸して」とメモ帳とボールペンを奪った。


「人魚姫はね」


1 王子の愛を得られず、海の泡になって消えてしまう


「これは、君も知っているだろ」


メモ帳を読んで、頷いた。


店長が、すらすらとボールペンを走らせる。


2 王子の愛を得られず、天国に召されてしまう


3 王子の愛を得られず一度は海の泡になるが、風の精霊になり善行を積み、天国へ召される


「そして、これが、最後、4つ目の結末」


店長が、メモ帳を差し出した。


4 最後の最後に王子が人魚姫の健気な心に気付き、ふたりは結ばれ、幸せになる


4つ目の結末から目が離せずにいると、肩を叩かれて顔を上げた。


「悲しい結末だけとは限らない。それに、ストーリーをひとりで終わらせる童話なんて、存在しないんだ。そうだろ?」


これは、店長が適当に編み出した嘘なのかもしれない。


人魚姫に4つも結末が存在しているなんて、聞いたためしがない。


でも、なぜだろう。


わたしは、素直な気持ちで頷いていた。


「結末は、自分で変える事ができる。自由にね。それに、物語は完結した後も、誰も知らないところで動いているんじゃないかな。続きが存在してると思うんだ」


わたしは、再びボールペンを握った。


【続編、ということ?】


「うん、まあ、そんな感じかな」


【なら、人魚姫にも続編が?】


「俺はね。そう思う」


わたしは、人魚姫の絵本に触れた。


【なら、これはまだ完結していない物語なの?】