恋時雨~恋、ときどき、涙~

【海には人魚姫の悲しい恋心がとけている
 だから 海はきれいな色をしている
 海の青くてとうめいな色は 人魚姫の涙の色】


メモ帳を見た店長が、一瞬だけ、切なそうな顔になった。


でも、すぐに、笑顔になった。


「そうかも、しれないな。君は、不思議な事を考えるんだな」


海の色は人魚姫の涙の色だなんて、と店長が絵本を見つめる。


店長の肩を叩いて、わたしはふるふると首を振った。


【そう教えてくれたのは おさななじみです】


「そうか」


そう言って、店長は食べかけのティラミスをテーブルに寄せて、ベッドの横に座った。


「ちょっと、いいかな。聞きたい事が、あるんだ」


わたしが頷くと、店長は優しい目で話し始めた。


「以前、君が住んでいた町の海も、青くてきれいだったか?」


わたしは、固まってっしまった。


まさか、唇を読み間違えたのかと目を疑った。


「ミサキ、カイガン。そこは、きれいか?」


店長は、もう一度、言った。


「ミ、サ、キ、カイガン」


美岬海岸……。


心臓が、大きく、大きく、飛び跳ねた。


茫然と固まるわたしに、店長はにっこり微笑んだ。


「今日、昨日の女の子がまた来たんだ。幸さん、だったね? ごめん、全部、聞いたよ」


君は、と何かを話そうとした店長に、わたしはとっさに首を振った。


ぶんぶん、ぶんぶん、強く振った。


まるで、過去を否定するかのように、強く。


やめて。


思い出したくないのに。


もう、思い出してはいけない事なのに。


わたしの乱暴な手話を見て、


〈やめてください!〉


店長は目を丸くして、一瞬だけ、固まった。


分かっている。