恋時雨~恋、ときどき、涙~

【おいしそう】


「どうかな」


とりあえず食べてみてくれ、と店長が苦笑いする。


ふわふわのスポンジとなめらかなクリームが重なり、ココアパウダーが初雪のように降り積もっている。


一切れ口に運ぶと、たちまち口の中いっぱいに甘味が広がり、一瞬で溶けてしまった。


料理には、作った人の性格や人柄がはっきり出るような気がする。


店長は几帳面で、正確で、透明感があるひとだ。


そこは、ふわふわのスポンジとなめらかできめ細やかなクリームにはっきりと出ている。


だけど、ちょっとぶっきらぼうで、不器用な部分が、濃い甘さと苦さにはっきりと表れていた。


【おいしいです】


メモ帳を差し出すと、店長は「本当か?」と疑心暗鬼にティラミスを口に放り込んだ。


たちまち、店長の表情が歪む。


「だめだ! これじゃ、甘すぎる。しかも、変に苦い」


【確かに お客様には出せませんね】


「……なら、初めからそう言ってくれ」


メモ帳を見た店長が、困ったように笑って背中を丸めた。


「どうしても、デザートだけ苦手でね。君のように、上手に作れない」


わたしが笑うと、ところで、と店長がそれを指さした。


「人魚姫? 読んでいたのか?」


わたしは絵本を手に取り、こくりと頷いた。


「本が、好きなのか?」


もう一度頷いて、わたしはメモ帳にボールペンを走らせた。


【10歳の誕生日におさななじみがプレゼントしてくれました
 いちばん好きなお話】


「そうか」


と店長は見たこともないようなやわらかな笑顔を浮かべて、絵本をじーっと見つめた。