傷つきたくないから、誰も好きにならない。


だって、好きにならなければ、傷つくようなことはないから。


ずっと、そんな事を思って生きて来た。


だけど、どうしようもなく、大好きになっていた。


気付いた時にはもう、どうにもまらないくらいに、恋に溺れていた。


世界が変わったら、わたしは幸せになれると思っていた。


でも、それは違うのだと教えてくれた人がいた。


幸せになるためには、まず、自分が変わらなければならないのだと、その人は教えてくれた。


傷つく事を恐れていたら、何もできないのだと。


それは、恋愛だけに限らず、生きることも、止まったままの時間を動かすことにも同じ事が言えるのだと。


その人は、清く透明な空気を放つ、少し大人の男性だった。













雨は、翌日も降り続いた。


朝には熱が下がっていたけれど、安静をとって、仕事は休むことにした。


夕方、ふと思い立ち、わたしは本棚から一冊の絵本を抜き出して、またベッドにもぐり込んだ。


耳が聞こえないわたしは、幼い頃から本を読む事が何よりも大好きだった。


グリム童話に、アンデルセンの童話、アラビアンナイト。


文字は、わたしを裏切らなかった。


でも、どちらかというと、小説よりも絵本や童話が好きだった。


【人魚姫】


1ページ目を開く。


美しい、おろしたての絵の具のような濃く青い海の絵が、鮮やかに目に飛び込んでくる。


おそらくこれは、深い深い深い、海底で、南の島の海ではないかと思う。


一面をうめつくすサンゴ礁や、イソギンチャクに、見たこともないカラフルなお魚。


この絵本の作者は、きっと、南の島の海を描いたに違いない。


【人魚姫】は、わたしの10歳の誕生日に、順也がプレゼントしてくれた物だ。


わたしにこれをくれた時、順也が言っていた。


とっても悲しいお話なんだけどね。


とーってもすてきなお話なんだよ。


と。


あのね、真央。


人魚姫はね、大好きな王子様に叶わない恋をするんだよ。