恋時雨~恋、ときどき、涙~

幸は都合悪そうに店長を見た後、一度うつむき、何かを飲み込もうとした。


でも、


「せやけど……いちばんしんどかったんは、あんたやないで」


と、意を決したように、両手と口で、言った。


「いちばんしんどかったんは、あの男や」


体が、硬直した。


店長が横に居るのに、わたしはその顔を見る事が出来なかった。


動くことができなかった。


そこに立っていることが精一杯で。


息をするのがやっとだった。


「これ、持っとき。今日はもう行かなあかん。また明日来るから」


と幸は、立ち尽くすわたしの手に3枚のカードを持たせた。


けれど、わたしはすでに放心状態で、その手からカードが落ち床に散らばった。


1枚ずつカードを拾ったのは、店長だった。


店長には知られたくなかった。


3年前、わたしが通って来た道を、誰にも知られたくなかった。


可哀想だと、思われるのが嫌だった。


体が火照る。


目の前がくらくらする。


息をするのもしんどくて、ふらりとよろめいた。


「ほんならな。また明日来るわ」


鞄を拾い上げて、幸が背中を向けて歩き出す。


入り口の観葉植物に、窓から差し込む西日が当たって瑞々しく光る。


ああ、くらくらする。


ドアの前で、幸が振り向いた。


「忘れたい、忘れたい、言うてるけど。いちばん忘れられんでもがいとるんは、真央やないの?」