恋時雨~恋、ときどき、涙~

華奢な肩が、激しく上下している。


今にも噛み付いて来そうな、物々しい目を、幸はしていた。


店長が茫然と立ち尽くす姿が、視界の片隅に入って来る。


「真央はそれでええかもしれんよ! せやけどな、残されたもんはな、もっと辛い思いしとんねん!」


なんで分からんねや! 、と幸は唾を吐き捨てるように、大きな口で怒鳴った。


圧倒されたわたしに、幸がゆっくりと詰め寄って来た。


「順也くんは気丈にふるまっとったけどな。静奈は、毎日毎日、泣いてばかりやった! 真央と連絡とれなくなった日から、毎日泣いとった!」


わたしだって、同じだ。


辛かった、苦しかった、泣いてばかりだった。


どうして、幸は、わたしの辛さを理解してくれないのだろう。


どうして、なぜ、そればかり考えながら、わたしは幸の手話を見つめ続けた。


「見てられんかったわ! 静奈の泣く顔」


窓から、綺麗な西日が射しこんで来た。


外の雨は、きめ細やかな霧雨に変わっていた。


幸が深呼吸して、わたしの両手を掴む。


「真央がこの人と」


と、幸が店長を見て、また視線をわたしに戻す。


「北海道に行くのやったら、そらしゃあない。真央の人生に口出しはせんよ。無理に止めたりせえへんよ、うち」


幸の目が、次第に冷静さを取り戻して行く。


「せやけどな、一度でええねん。一度、あの町に帰ろうや。真央」


なぜ、幸がここまで必死にわたしを説得しているのか、分からなかった。


幸の目は、本当に、真剣そのものだった。


「ちゃうねん。真央」


幸が、わたしの手を離す。


「順也くんと静奈だけちゃう。3年前に縛られとるやつが、もうひとり、おんねん」


西日が、幸の右半身を金色に輝かせている。


なぜか、わたしの胸は高鳴っていた。


「最初から簡単に忘れられる恋やって分かっとるんやったら、誰も、本気の恋なんかせえへんよ」


妙な、高鳴りだった。


「確かに、真央は辛かったんやと思う。分かるわ。苦しかったんやろな。分かる」


わたしは、どこまでばかなんだろう。


誰も、わたしの事を分かってくれないと、やきもきしていた。


だけど、本当に何も分かっていなかったのは、他の誰でもないわたしだったのだ。


「せやけどな、真央」


と、幸が言葉を詰まらせる。