恋時雨~恋、ときどき、涙~

わたしは、じっと、幸の手を見つめた。


「大事な人やから、迷うとる。ちゃうんか?」


わたしは、頷いた。


確かに、店長は「大事な人」だ。


でも、と手のひらを返すジェスチャーをした瞬間、わたしを見る幸は険しい顔つきになった。


それはきっと、わたしがこう言ったからだ。


〈恋、なのかと聞かれたら、それは分からない〉


「好きなんちゃうん?」


分からない。


「なあ、真央、あんた、ほんまはまだ……」


と何かを言いかけた幸は、ハッとしたように、やっぱり何でもない、と気まずそうに話題を変えた。


「せやけど、大事な人の事で悩まん人間なんかおらんよ……おらんのやで、真央」


その両手が言った事の裏側にどんな意味が隠れていたのかなんて、能天気なわたしには、まだ分からなかった。


あの海辺の田舎町を、ひだまりを捨てて来てしまった、わたしには……。


どんな返事をすればいいのか分からず、うつむいたわたしの肩を2度、幸が叩く。


顔を上げると、幸は包み込むような微笑みを浮かべていた。


「うちもな、ぎょうさん迷うたよ。迷うたし、悩んだ」


〈何、を?〉


「旬、のことや」


あの後、幸も前に進もうとしたのだと言う。


「旬がな、好きや、言うてくれてな」


幸は、中島くんの気持ちを受けようとしたらしかった。


「そのまんまのうちでええよ、って。あらしの事想うてるうちでええってな。好きやって、言うてくれてな」


ほんまに嬉しかったんやで、と幸は言い、だけど、切なそうに笑った。


「せやけどな、どうしてもあかんかった」


結局、中島くんとは続かなかったらしい。


「旬のこと、傷付けるだけ傷つけて……そんで、終わってもうた」


幸は、言った。


中途半端な気持ちで、誰かの人生に着いて行ったらあかんよ、真央、と。


「誰かの人生に着いて行くんやったら、本気で全力で着いて行かなあかん」


その人に失礼や、と。