恋時雨~恋、ときどき、涙~

キッチン・タケハナで、店長が待ってる。


きっと、心配してる。


来た道をとぼとぼと歩いていると、頬に冷たい感触があった。


顔を上げると、鼻の頭に雨粒が落ちて来た。


降って来た……。


腕で顔を覆い、走り出す通行人。


辺りに、傘が咲いて行く。


お日様の陽射しを吸収してからからに乾いていたアスファルトが、じわじわと濃い色になって、どこか焦げ臭いような香りが立ち込める。


雨、か。


これは、時雨?


どんな音なのかな。


手のひらに落ちて来る雨粒を見つめながら立ち尽くしていると、前から走って来たサラリーマンとぶつかってしまった。


でも、その人はぶつかった事に気づかないかのように、さっさと走り去ってしまった。


この街は本当に忙しそうに、時間を刻んで行く。


こく、いっこく、と。


ずっと向こうに、小さく飛鳥山が見える。


雨に濡れた飛鳥山が次第に霞んでいった。


緩やかだった雨は、いつしか本降りになっていた。


その時、ふと、脳裏をかすめたのは、いつか誰かがした手話だった。


『時雨だんけ』


ハッとして、わたしは駆け出した。


土砂降りの中を、夢中で走った。


何かを振り落しそうな勢いで、走った。


怖かった。


思い出してしまいそうで、怖かった。


キッチン・タケハナの前まで来た時、わたしは立ち止まった。


彼の姿を見た時、ようやくほっとした。