恋時雨~恋、ときどき、涙~

ぎゅうう、と握りしめる。


ペン先をメモ帳に突き刺した。


けれど、何を書けばいいのか、どんな言葉を書いたらいいのか。


分からなかった。


ボールペンを握る手が、大きな感情で震えた。


店長に肩を叩かれて、ハッと顔を上げる。


「今更、親孝行、ってわけじゃないけど。今更、もう……遅いけど」


震えるわたしの右手を、店長の大きな手が包み込む。


ボールペンが手からすり抜け、テーブルの上に転がった。


「ばあさんは、俺の、たったひとりの身内なんだ。だから、できる限り、一緒の時間を作りたいんだ」


例えそれが、限られた時間だとしてもね、と店長は言った。


わたしの手に重なる大きな手が、小刻みに震えていた。


「今月いっぱいで、ここは閉める。来月には、名寄に戻ろうと思ってる」


申し訳ない、と店長がわたしに頭を下げる。


わたしは、ふるふると首を振った。


こんな時、家族の側にいたいと思うのは、当たり前の事だ。


それと、と、店長が続ける。


「来て、ほしい」


あまりにも突然の事で、わたしは固まるしかなかった。


「北海道に、一緒に、来て欲しい」


頷く事も、首を振る事も、できなかった。


ただ、瞬きを数回、繰り返した。


「返事は今すぐに、なんて。そんな事は言わないよ」


告白の返事と一緒でいいから、と店長は言い、自信なさげに小さな苦笑いを浮かべた。


5月いっぱいは変わらず営業するし、今日明日に閉めるわけではない。


5月末日に閉店し、6月に入ったら徐々に整理して、店を不動産屋にあけ渡し、北海道へ行くのだそうだ。


店長はスケジュール帳を開き、その日を指さした。


「とりあえず。この日に、東京を発つつもりだから」