恋時雨~恋、ときどき、涙~

「ああ。そうしてもらえると、非常に助かる。正直な気持ちを聞かせてくれ」


わたしは、しっかりと頷いた。


「それにしても、これは、大失態だ」


と散乱した厨房の片づけを始めた店長との距離が、一気に近づいたのは、春の始まりの月がきれいな夜だった。


窓から差し込む月明かりが、やわらかく、キッチン・タケハナを照らしていた。


目が冴えるような明りではないし、眠りを誘うようなしっとりとした明りでもない。


不器用な、月明かりだった。


その夜、打ち明けると、お母さんは言った。


「真央の気持ちひとつだと、お母さんは思う。武塙さんはとても誠実な人だよ」


お母さんは、とても嬉しそうだった。


「ねえ、真央。もう、いいんじゃない? あれからもうすぐ、3年になるのよ。前に進んでもいいんじゃない」


今がその時なんじゃないかな、とお母さんは言い、ことりとソファーでうたた寝をしてしまった。


わたしは、お母さんの小さな手を見ながらぼんやりと過ごした。


そうか。


もう、そんなになるんだね。


あれからもう、3年になろうとしているのだ。


真剣に悩んで、失礼のない返事をしよう。


そう思った。


こんなわたしを好いてくれて、正面からぶつかって来てくれた彼に、わたしもわたしなりに正面からぶつかってみよう。


それから一週間後の事だ。


武塙ミヤ、という女性に会った。


店長のおばあさんだ。


店長の話を聞いた彼女が、一度、わたしに会ってみたいと、わざわざ北海道から東京へ出て来たのだ。


おばあさんが【キッチン・タケハナ】に着いたのは、昼のかきいれ時もひと段落した、午後の3時頃だった。


「どうも、どうも。秀一がお世話になってます」


もう70をとうに過ぎているのに、足取りもしっかりとした、藤色の着物がとても良く似合っている古風な人だった。


【武内真央です 
 お世話になっているのはわたしの方です】


メモ帳を見た後、おばあさんは目尻にしわをためてにっこり笑った。


「真央さん、あんたは耳が聞こえないんだってなあ」


頷くわたしに、おばあさんは変な顔ひとつしなかった。