恋時雨~恋、ときどき、涙~

【どんがらがっしゃーん】


「耳が痛くなるくらい、ひどい音だった」


店長が両耳を手でふさいで、苦笑いする。


わたしも同じ仕草をして、笑った。


やわらかな空気が、わたしたちを包み込んでいた。


出逢ってから店長の笑顔を見たのは、この日が初めてだった。


その笑顔を見た時、あることに気が付いた。


順也だ。


店長は、順也と同じ優しい空気を持っているのだ。


子供のように無邪気で、純粋無垢に笑うひとだと思った。


「情けないところを、見られたな」


いつも、何があっても毅然としている大人の男が、ここまで動揺してしまう。


そうなってしまうくらい真剣に考えてくれていたのかと、申し訳なかった。


東京に出て来て右往左往だったわたしの生活を変えてくれたのは、このひとだったのに。


申し訳なかった。


「返事は、だいたい予想がついてるから。ありがとう。読ませてもらう」


と手紙を制服のポケットに押し込み、ひっくり返ったお鍋を片す店長の背中を、愛しい、と感じた。


なぜだか、とても。


わたしは、急いでメモ帳にボールペンを走らせた。


ひとつ、深呼吸をして、店長の背中を叩いた。


店長、ごめんなさい。


店長はびくりと背筋を伸ばして、ゆっくり振り向いた。


「何だ? どうした? 大丈夫か?」


3個連続で質問をされて、わたしはついに吹き出してしまった。


「何だ、何がそんなに可笑しい?」


だって、可笑しかったのだから、しょうがない。


大丈夫か、だなんて。


それは、わたしが店長に聞きたい事なのに。


こっちが聞きたいくらい取り乱しているのは、店長の方なのに。


透明で、優しくて、不器用なひと。


わたしは、メモ帳を差し出した。