恋時雨~恋、ときどき、涙~

キッチン・タケハナで働くようになって、もう、一年半になった。


突然、思いがけない事が起きた。


起きた、というよりは、降って来たに等しいかもしれない。


それは2ヶ月前の事で、陽射しが暖かな3月の事だった。


「自分がいちばん信じられない。でも、仕方のないことだ」


何かが、動き始めていた。


「君に、恋をした。好きだ。付き合ってくれないか」


返事は急がない、と店長が言って来たのは、その日の閉店直後だった。


「急にこんなことを言って、すまない」


どこまでもシンプルな人だと思った。


告白の仕方も、飾りのない言葉たちも。


笑顔は無いし、照れくさそうな態度ひとつ示さない、何もかもシンプルな人だ。


「もちろん、結婚を前提に、交際を申し込んでいるんだけど」


結婚……。


もちろん、翌日、すぐにお断りするつもりで、その日は帰宅の途についた。


五体満足の店長と、聴覚障害者のわたしでは、お話にならない。


そんなことは、もう十分理解していた。


もう、同じ事を繰り返すわけにはいかない。


もう恋はしない、と心い誓ったあの日から、わたしの決意はゆるぎないものになっていた。


恋をしたって結局、わたしを待っている結末は同じに決まっているのだから。


もう、あんな思いはしたくない。


二度と、したくない。


翌日、わたしは思いと返事を綴った手紙を店長に渡す事にした。


わたしの決意は固いものであった、はずだった。


閉店後、手紙を渡すために店長の肩を叩いた。


だけど、わたしの頑固たる決意がぐらりと揺れたのは、紛れもない事実だった。


【返事を書いて来ました】


メモ帳と手紙を同時に差し出すと、


「えっ! もう?」


と店長が突然おろおろしだしたのだ。


こっちまでおろおろしてしまうほど、おろおろする店長を目の当たりにしたのは初めてで、戸惑った。


「早すぎるだろう! よく、考えたのか?」