恋時雨~恋、ときどき、涙~

わたしは、キッチン・タケハナで働き始めた。


「まず、キャベツを、千切りにしてくれ」


パリッとのりの効いた真っ白な制服にすらりとした身を包み、寡黙に調理をする店長は無愛想。


「次は、たまねぎを、みじん切りにしてくれ」


でも、根は親切な人だった。


わたしに何かを伝えようとする時はきちんと手を止めて、真っ直ぐわたしの目を見て、ゆっくり話してくれた。


面倒がらずに、伝わるまで、とことん。


わたしは耳が聞こえない。


店長に、手話は通じない。


会話といえば、わたしが彼の口の動きを読む。


わたしが言葉を書いたメモ帳を、彼が読む。


これは大変だと思ったけれど、実際はそうでもなかった。


料理に、会話なんてそんなに必要なかった。


それを教えてくれたのが、武塙秀一だった。


年齢は28歳で、北海道の名寄市出身。


「内陸で、極寒地だよ。でも、とても美しいところだ。冬の、よく晴れた日の朝は、ダイヤモンドダストを見る事ができる」


店長は無口だ。


だけど、質問をすれば、きちんと丁寧に答えてくれる。


【ダイヤモンド?】


「知らないのか? ダイヤモンドダスト。いつか、見せてやるよ」


店長の隣は、なぜだか、不思議な安心感があった。


店長はそういう人だった。


真冬の空気のような、とても澄み切った透明なオーラを持っている人だった。


「ダイヤモンドダストを見ると、人生変わるよ。それくらい、綺麗なんだ」


そう言った店長が、綺麗な空気のような人だった。


性格は分かりやすく、外見はいつも清潔感あふれる、飾り気のないシンプルな人だった。


どこか氷のように冷たくて、ぶっきらぼうで、だけど、指が長くてきれいな手をしていた。