恋時雨~恋、ときどき、涙~

いい匂い。


オリーブオイルとスパイスが絶妙に溶け合った香ばしい匂いが漂っていた。


「おまたせ致しました」


と料理を運んで来た彼は笑顔ひとつなく、明らかに無愛想だった。


もったいない人だなあ。


せっかくこんなにお洒落なお店なのに、この無愛想じゃお客さんも入らないよ、と思っていた時だった。


「店長、あのね」


お母さんが、意外すぎる行動に出たのだ。


「この子、私の娘なの。真央、っていうの」


「確かに、よく似ていますね」


「そうでしょう。よく言われるの」


嬉しそうに笑うお母さんとは対照的で、店長はつまらなそうにわたしを見ていた。


「この子、料理が得意で。耳が聞こえないんだけれど、舌は確かなのよ。本当なの」


「はあ」


「だからね、タケハナさん」


「はあ、何ですか」


「ここで、雇ってくれないかしら」


さすがに無表情な店長も、一瞬、目を大きくした。


「ここで、ですか?」


わたしだって同じだ。


驚いたどころの話ではなかった。


「この子、栄養士を目指していたから、短大にも通っていたし、腕も確かなの」


まるで、売り込みでもするかのように、お母さんが店長に直談判に出たのだ。


もちろん、断られると思っていた。


いくらなんでも、絶対にありえない事だと思った。


無理に決まっている。


答えはひとつだ。


だから、わたしはわざと知らんぷりをして、明太子パスタをもぐもぐと食べ続けた。


そんなわたしに、店長が質問して来た。