恋時雨~恋、ときどき、涙~

きっと、時間が解決してくれると思っていた。


「いろんな事があったね」


お母さんの両手が言う「いろんな事」を、時が解決してくれると信じて、わたしは今日までを過ごして来た。


だけど、いくら時間を重ねても、あの頃を思い出すとやっぱり胸が痛くなる。


ごまかすように笑って肩をすくめると、お母さんがその肩を叩いて来た。


「本当に、いろんな事を乗り越えて来たね。真央」


そうなのだろうか。


これは、乗り越えたことになるのだろうか。


わたしは濁しながら、小さく頷いた。


本当に、いろんなことがあった。


わたしはしゃがんだまま両膝を抱きしめて、空を見上げた。


この街は、時間の流れが速いように思う。


わたしがあっと言う間に22歳になっていたように。


ゆったりと時間が流れる、あの海辺の町とは比べようがないくらい、速い。


だから、わたしはこの歳月を生きてこれたのかもしれない。


時間の速さについて行くのがやっとで、過去を振り返っていたらひとり取り残されるような気がして。


後ろを振り返る事はしなかった。


この街へ来た翌日、スマホを解約した。


迷っている暇はなかった。


それしか、方法がなかった。


もう、全部、全部、全部。


何もかも、全てを。


順也と静奈との絆や、幸や中島くんと育んだ友情も。


何より、健ちゃんと過ごした日々と、あの町に残して来たままの恋も。


全てを切り取る、それしか思いつかなかった。


何もかも、捨てよう。


断ち切ってしまおう。


全部、忘れなければ。


忘れて、無かったことにしよう。


それが、その時のわたしにできたたったひとつの決断だった。


辛くて、大きな決断だった。