恋時雨~恋、ときどき、涙~

見ると、お母さんは上空に広がる雨上がりの青空のように、すっきりした顔をしていた。


「あの時ね、お母さんとお父さんは、真央の生命力にかける事にしたの」


〈生命力?〉


こくり、とお母さんが頷く。


『ねえ、聡子(さとこ)。真央の生命力にかけてみるのはどうだろう』


そう言って、お父さんは庭からリビングの中を指さした。


『見て。ほら』


そこにはベビーベッドがあって、柵の隙間から庭先を見るわたしの姿があったらしい。


『耳が聞こえなくても、笑っているじゃないか。あんなに楽しそうに』


まだ、ハイハイもできないわたしを指さして、お父さんは言ったのだ。


『あの子は、笑っているじゃないか』


そうね、そう言って泣き出したお母さんの肩を抱き寄せて、お父さんは半分泣いていたらしい。


『雨上がりには必ず、幸せが一気に咲くよ』


レインリリーの球根を植えたばかりのまだ殺風景な、春の陽射しが降り注ぐ庭を指さしながら。


「だから、お母さんはこのお花が大好きなの」


もちろん、真央の事も、とお母さんがわたしの頬に手を伸ばす。


せっけんの優しい香りがする手のひらが、わたしの頬を包み込む。


ほんの少し、泣きそうになった。


お母さんがにっこり微笑む。


「あの頃は、本当に小さかったのに。大きくなったね、真央」


ベランダに入り込んで来た風が、満開のレインリリーを揺らした。


〈何、突然。わたしはもう、子供じゃない〉


笑うと、つられたようにお母さんも笑った。


「そうよね。真央はもう、22歳だものね」


朝日がベランダに燦燦と差し込む。


空は青く、白い雲はゆったりと流れる。


あれから、もうすぐ3年が経とうとしている。


あの海辺の町を離れて、3年が過ぎようとしている。


19歳だったわたしは今、22歳になった。