恋時雨~恋、ときどき、涙~

〈どうして、わたしは、耳がきこえないの?〉


自分が、誰に、何を言っているのかさえ、よく分からなくなっていた。


お母さんに、こんな事を言ったって、どうしようもない事くらい分かっているのに。


お母さんを傷つけるだけなのに。


〈耳が、欲しい〉


お母さんが、泣いた。


〈もしも〉


この世界に「もしも」なんて、絶対にない。


それも、分かっているけれど。


〈わたしに、耳があったら、何かが変わっていたの?〉


聞こえる耳があって。


みんなと同じように会話ができて。


いろんな音が聞こえて。


電話もできて。


健ちゃんの声を聞く事ができていたら。


〈わたしが、普通の女の子だったら〉


何かが、変わっていたのかなあ。


〈生まれ変わって、耳が聞こえるようになったら、その時は〉


お母さんが口を手で押えて、何かを堪えていた。


〈わたし、今度こそ、健ちゃんのお嫁さんになれるよね?〉


がくり、と両肩を落として、お母さんは泣き崩れてしまった。


ごめんなさい、お母さん。


そんな事は望まない。


別に、健ちゃんと結婚できなくてもいい。


例え生まれ変わって、また耳が聞こえなくてもかまわない。


もう一度、健ちゃんの彼女になりたいなんて、贅沢は言わない。


本当は、どんな形でも良かった。


ただ、わたしは……。


見上げた上野駅の天井は蛍光灯で明明としている。


わたしは、天井を仰ぎながら、呟いた。


〈ただ、一緒にいたかった〉