恋時雨~恋、ときどき、涙~

涙のせいで、目の前が霞んだ。


わたしはぐいっと目をこすって、お母さんの両手を見つめた。


両手のひらが下に向いて、胸元から軽く下がる。


『おれは、真央を失った今も』


お母さんの目から落ちたひと粒のクリスタルが、上野駅の地に落ちて、小さな小さな水たまりになった。


『たまらなく』


真央、と私を指した後、お母さんが左手の小指を立てる。


真央、あなたの事を、とその小指の上で右手を水平に回して、お母さんは泣いた。


『愛しています』


どうすればいいのか、わたしには分からなかった。


どうやって呼吸していたのか、それさえ分からなくなりそうになる。


ただ、とにかく涙があふれてあふれて、止まらなくて。


このまま、泣きながら気を失ってしまうんじゃないかと不安になった。


喉が締め付けられる。


胸も背中も、どこもかしこも苦しくて。


息を吸う、吐く、そんな簡単な事さえ難しくて。


涙を堪えようと顔を歪めてもがくわたしに、お母さんは真正面からぶつかって来た。


「我慢はもうやめなさい! 泣きなさい! 気が済むまで泣きなさい!」


つり上がったお母さんの目はまるでうさぎのように真っ赤になっていた。


うさぎになりたいな。


おれはライオンになりてんけ。


そんな会話をした事があったなあ。


あの時はまだ、筆談でしか健ちゃんと話せなくて。


まさか、恋に落ちるなんて思ってもいなくって。


まさか……こんな結末が待っている事も知らなくて。


もう、人間でいる事に疲れたなあ。


うさぎに、なりたいなあ。


うさぎみたいな大きな耳があれば、健ちゃんの声、聴けるのかなあ。


「誰も見てないから、泣きなさい」


真央、とお母さんの唇が動いた瞬間に、わたしの何かを保っていた線がプツリと切れた。