恋時雨~恋、ときどき、涙~

「全部、聞いたよ。健ちゃんから」


わたしは、目を見開いた。


片方の目から、涙がこぼれ落ちる。


〈どういうこと?〉


お母さんは、全部知っていた。


突然、わたしが短大を辞めたいと言い出した事、東京へ行きたいと言い出した事、それから、健ちゃんと別れた理由も。


「健ちゃんのお母さんから、反対されてしまったんだってね」


〈何で、知ってるの? お母さんが、聞いたの?〉


食いついたわたしに、お母さんは涙ぐみながら答えた。


「朝、7時半すぎだったかな。健ちゃんが電話して来たの」


おそらく、わたしが新幹線に乗って、あの町を出てからしばらくした頃だ。


「健ちゃんね、何度も何度も謝ってね。すみません、ごめんなさい、って」


真央を、とお母さんが指さす。


「幸せにしてあげられなくて、ごめんなさい、って」


目の奥が一気に熱くなった。


「たくさん泣かせてしまいました、すみません、って」


お母さんが、その時の会話をひとつひとつ思い出すように、ひとつひとつ丁寧に手話に訳してくれた。


『ふたりが東京へ行く事になった時、他の誰でもないおれに、大切な真央を託してくれて、ありがとうございました』


『おれを頼ってくれて、ありがとうございました。おれを信じてくれて、ありがとうございました』


「健ちゃん、泣いてたよ」


『真央と結婚するつもりでした。もう、叶わない夢になったけど』


『真央との交際を認めてくれて、ありがとうございました』


「ありがとうを言わなければならないのは、お母さんとお父さんの方なのにね」


『真央を産んでくれて、ありがとうございました』


「そうでなければ、真央と出逢う事ができなかったって」


『真央が隣に居る毎日は信じられないくらい幸せで。真央が居る空間はいつもきれいな空気が漂っていて。真央とおれには、いつも、雨が降っていたから、空気がきれいで』


「それで、最後にこう、言ったのよ」