恋時雨~恋、ときどき、涙~

健ちゃんは、おっちょこちょいだと思った。


過去形ではなく、進行形を使うあたりが。


好きだった、ではなくて、好きだ、と。


おっちょこちょいで優しくて、うそつきで、素直な人だなあと思った。


健ちゃん。


さようなら。


涙があふれた時、本当はこうして息ができなくなるくらいに、気が済むまで泣きたかった事に初めて気づいた。


呼吸困難になってしまいそうなくらい、わたしは泣きたかったのだ。


そしてもうひとつ、はっきり分かった事があった。


わたしもまた、おっちょこちょいだったという事だ。


わたしも、現在進行形。


あの町を離れて、こうしている今も、たまらなく彼の事が好きなのだと。


その事に、どうしても嘘をつく事ができなかった。


その証拠が、涙になってあふれた。


わたしは泣きながら、ひとつの手話をした。


〈好き、です〉


ランチバッグと手紙を抱きすくめて泣くわたしに何をするわけでもなかったけれど、愛美さんは寄り添ってくれた。


新幹線が大宮駅に停車した時、メモ帳に愛美さんがこう書いた。


【すてきなひとに出逢えたんだね】


返事をしようと思ったけれど、わたしにはボールペンを握る余裕がなかった。


だから、ひとつだけ手話をして、そっとうつむいた。


〈彼は、わたしの、ひだまりでした〉


甘いりんごの蜜のような、カモミールのような香りでいっぱいの。


健ちゃんは、わたしの、ひだまりだでした。









上野駅に到着したのは、11時50分頃だった。


新幹線を降りる時、愛美さんが改札まで一緒に行こうと誘ってくれたので、甘える事にした。