恋時雨~恋、ときどき、涙~

さようなら。


正直、自分でもびっくりするほど、わたしは冷静だった。


泣く準備はしていたし、できていた。


けれど、涙が出なかった。


確実に愛美さんの存在だったのだと思う。


だから、泣かなかったのだと思う。


知らない人の前で、泣きたくなかったのだ。


何を聞くわけでもなく、聞かれるわけでもなく、筆談するわけでもなかったけれど。


隣に、人の気配がある。


ひとりじゃない。


ひとりぼっちなわけではない。


何より、その事実が、今にも崩れそうな私の理性を支えてくれたのだと思う。


新緑の山々、6月の新鮮な青空に浮かぶ白濃い雲。


車窓の外を流れる景色を見つめていると、ふと、思い出した。


わたしは、膝の上で鞄を開いた。


わたしと静奈は、高校一年生の時から、ずっと一緒に過ごして来た。


春、夏、秋、冬。


晴れた日はもちろん、雨の日も風の日も、雪の日だって。


隣に静奈が居る。


それは当たり前の事になっていたし、静奈が手話を覚えてくれたから、筆談ですら最初だけの事だった。


だから。


静奈から手紙をもらうのは、これが初めてだ。


読もう。


そう思ったし、迷いも躊躇も無かった。


どうして何も相談してくれなかったのか、なぜ真央はいつもそうなのか、我慢ばかりして勝手に決めつけてひとりで抱え込むのか。


きっと、そんな叱咤が書かれているのだろうと思う。


正義感の強い、でも、優しい静奈のことだから。


だけど、いざ開いて見ると、わたしを責めたり叱るような事は何も書かれていなかった。


ひとつも、無かった。