恋時雨~恋、ときどき、涙~

幸の手首の傷を見たあの日から、中島くんはいつも幸の側にいるようになった。


それはきっと、同情ではないのではないかと思う。


同時に、幸の心にぽかりと空いた穴が埋まる日が来るのは、そう遠くないのではないかとも。


幸の中で、彼の存在が消える事は一生ないのだろう。


だけど、中島くんなら……、と。


わたしは鞄からメモ帳とペンを取り出して、幸と言い合う中島くんの肩を叩いた。


「ん? どうしたの?」


あのね、中島くん。


こっそり、彼にだけメモ帳を見せる。


【幸のこと お願いします】


それを見た中島くんは急に顔を真っ赤に沸騰させて、慌てた様子でメモ帳を閉じた。


「わっ、分かったから。うん……頑張るよ」


そして、わたしの鞄にメモ帳を詰め込んで、ジッパーを閉めた。


「なによ、何やの? 真央、何て書いたん?」


幸はしつこく聞いてきたけれど、


「何でうちには教えてくれへんの! これは、差別やで!」


わたしは、ガンとして教えなかった。


〈幸せになってね〉


幸。


どうか、幸がしあわせでありますように。


7時50分。


いよいよ発車時刻が近づいて、わたしは荷物を手に背筋を正した。


〈みんな、元気でね〉


うん、と頷く順也と中島くん。


幸はにっこり笑って、わたしを指さした。


「真央もやで。元気でおらんと、許さんで」


3人に背を向け、改札を抜け、もう一度振り返ると、幸が両手を動かしていた。


「待っとき、真央。卒業したらうちも東京に行くから、待っとってな」


もう一度会釈をして、わたしはホームへ下りる階段を下った。