恋時雨~恋、ときどき、涙~

どうして、わたしは声も出せないのだろう。


声の出し方なんて、分からない。


その時だった。


突然、健ちゃんが立ち止まった。


健ちゃんが振り向く。


そして、わたしを見たとたん、呆れたように背中を丸めた。


「何やってるんけな。早く行けよ。本当に遅れるぞ」


そして、困ったように笑った。


わたしは、健ちゃんに向かって両手を突き出した。


〈ありがとうございました〉


目を丸くして固まる健ちゃんとわたしの距離間を、梅雨入り前の爽やかな風が吹き抜けて行った。


ああ、梅雨が近い。


雨の匂いがする。


〈健ちゃんは〉


健ちゃんの顔が、静かにゆがみ始めた。


〈とても温かくて、おおらかで……ほんとうに、暖かくて〉


頬を伝う涙が、アスファルトに落ちる。


わたしは、震える人差し指で、向こうの彼を指さした。


〈あなたは〉


健ちゃん、あなたは。


〈わたしの〉


こんなわたしを、愛してくれた。


その、暖かい、両手で。


それはそれは、たまらなく暖かくて。


〈あなたは、わたしの〉


まるで。


〈ひだまりでした〉


あなたは、わたしを包んでくれる、ひだまりだった。


「……真央」


健ちゃんの唇が小刻みに震えていた。