恋時雨~恋、ときどき、涙~

「さっき、振り向いた時、真央が居なくて。ああ、もういないんだなって思うと、急に息苦しくなって」


胸が痛い。


痛くて、痛くて、苦しくて。


わたしはやっとの思いで息を飲んだ。


「真央が……」


健ちゃんがわたしを指さす。


「真央が居ない空間は、息が詰まるんけ」


風が、アスファルトに落ちたばかりの木の葉をぶわりと舞いあがらせる。


舞い上がる木の葉の向こうで、健ちゃんが苦笑いしていた。


「気付いたら、部屋飛び出して、ここに居た。真央が戻って来ないことは、分かってるはずなのにな」


おれはバカだんけ。


そう言って、健ちゃんは晴れでもなければ雨が降るわけでもない、曇り空のような曖昧な微笑みをわたしに向けた。


「ただ、ひとつだけ、聞いておきたい事があるんけ。確かめておきたいことだんけな。無理やり引き止めたりしない代わりに、教えてくれないか?」


わたしはこくりと頷いた。


「初めて会った日、おれが聞いたこと、覚えてる?」


健ちゃんがにわかに微笑む。


〈何だっけ?〉


「音のない世界は、どんな感じ?」


あ……。


懐かしい、夏の日の想い出が一気によみがえった。


「あの時、お前、砂に書いただろ?」



【つまらない】



「今も、同じか? 真央のいる世界はつまらないとこなのか?」


確かに、あの頃、わたしはこの世界が好きなわけではなかった。


この広い宇宙にはありとあらゆる音があふれているそうだ。


でも、その小さな音ひとつ、わたしの耳は拾ったことがない。


わたしが存在している世界には、音なんてなかったから。


いつものっぺりとしていて、つまらなくて、好きではなかった。


だけど、ある日、突然。


わたしはこの世界が大好きになった。