恋時雨~恋、ときどき、涙~

それはそれは、とても簡単に。


あっけないな。


大切な誰かの手を離す事がこんなに簡単な事だと思っていなかったから、拍子抜けしてしまった。


「じゃあ、おれ、続きがあるんけ」


何事もなかったかのように、健ちゃんがあっさりと背を向ける。


わたしはその背中にこくりと頷いて、リビングを出た。


あっけなすぎる。


今日までのわたしたちの関係がとても薄っぺらいものだったような気がしてしまう。


別れる時っていうものは、もっと難しくて涙はつきものなんだと思っていたのに。


また明日ね、うん、じゃあね。


まるで、放課後に別れる友達みたいに、あっさりしたものだった。


だからなのか、涙は出なかった。


ただ、茫然とするしかなかった。


真っ白な、ローヒールのパンプスに足を通して、ドアノブに手を伸ばす。


不思議と悲しくはないし、切ないわけでもなければ、寂しいわけでもなかった。


ただ、わたしの心はぽっかりと穴が開いていて、空洞になっていた。


呆けたまま部屋を出て、放心のままらせん階段を下り、わたしはアパートに背を向けて立ち止まった。


見上げた空は残酷なほど青く爽やかで、そうしたら今度は急に寂しくなった。


ひとりぼっちになってしまったような気がした。


振り返ろうか。


それとも、このまま振り返る事なく、新たな道を颯爽と突き進むべきなのだろうか。


アパートの真下にたたずんでいると、


「おやおや、お嬢さんでねえか」


大家のおじいさんがトレードマークの竹ぼうきを引きずってやって来た。


「今日は早いんだねえ」


しわしわの顔をもっとしわしわにして、大家さんが微笑む。


わたしはこくりと頷いた。


「いつもは西野さんの方が早く出かけるでないか。めずらしいの」


毎朝、健ちゃんは8時に出勤していく。