恋時雨~恋、ときどき、涙~

そして、ワンピースのポケットに手を突っ込んで、それを差し出す。


〈返す〉


「あ……ああ、うん」


合鍵。


そっと出された大きな手のひらに、そーっと合鍵を置いた。


健ちゃんがほろ苦い微笑みを浮かべながら、合鍵を握りしめる。


「本当に……行くんだな、真央は」


とても、きれいな瞳を健ちゃんはしていた。


「ごめんな、真央」


わたしは首を傾げた。


「おれ、心の狭い男だんけ……見送りなんかできねんけな」


ごめん、と健ちゃんが肩をすくめる。


わたしは首を振った。


そんなことない。


健ちゃんは、とても心の広い男の人だ。


だから、そんなふうに自分を責めるような顔をしないで欲しい。


〈健ちゃん〉


その時、ベランダからやわらかな風が入って来た。


〈元気でね〉


風がぴたりとやんだ。


「真央もな。元気に、頑張れ」


うん。


「じゃあ、気を付けてな」


健ちゃんが手を伸べてきた。


わたしは頷いて、その手を握り返した。


相変わらず大きくて、優しい手だった。


どちらからというわけでもなく、それがごく自然な事であるように、わたしたちは手を離した。


わたしは、この人を、本当に悩ませてしまった。


迷惑ばかり……かけてしまった。


絡み合ってほどけなかった糸が、不思議なほど簡単にするするとほどけていく。