恋時雨~恋、ときどき、涙~

もう、ここへ戻る事はない。


この、暖かな、もうひとつのわたしの家に。


7時10分。


わたしは鞄ひとつと、健ちゃんが作ってくれたおむすび入りのランチバッグを持って空気を吸い込んだ。


時間だ。


ベランダに視線を向ける。


わたしは目を細めた。


健ちゃんがこちらに背を向けて洗濯物をハンガーにかけているところだった。


朝日が、健ちゃんをシルエットにしていた。


健ちゃん越しに見える、海。


朝日を浴びて、水面が輝いている。


わたしは窓ガラスを指先で2回叩いた。


その背中が何かにおびえたようにビクリと動いて、固まった。


張りつめたような緊張感が空気を伝って、わたしにまで伝染した。


わたしは息を飲み込んだ。


ハンガーごと、Tシャツが健ちゃんの足元に広がって落ちる。


……健ちゃん?


ピクリとも動かず固まっている健ちゃんの背中に手を伸ばした時、流れる雲がお日様を隠した。


健ちゃんが振り向いた。


「……どうした?」


健ちゃんは、笑っていた。


いつもと変わらない、あっけらかんとした顔だった。


「真央? どうした?」


わたしはハッと我に返り、壁時計を指さした。


〈時間だから〉


「そうか」


健ちゃんがにっこり微笑む。


「時間か……そっか」


うん。


わたしは頷いた。